■2時間ドラマ
今日は1997年11月11日。
いつも、この時期になると日記でも書こうかと思う。
去年もそうだった。しかし、毎日となるとたいへんだ。
だから、日記はやめよう。エッセイということにしよう。
エッセイなら、思いついたときに書けばいいのだ。
これなら、なんとかなりそうだ。
よし、さっそく今日からはじめよう。

ということで、これからいろいろ書こうかと思ってます。
友人の日記とか見てると、よくこんなにいろいろ話題があるなと思う。 自分は、あまり外に出ないので、そんなにネタはない。 だけど、頭の中にはいろいろな想いがある。だから、それを書くことにする。

昨日、久々にテレビの2時間ドラマというやつを観た。
もとプログラマーの藤田まことが、会社のコンピューターに侵入して1億5000万円引きだすという話だ。原作が横溝正史賞をとった『クラッカー』とかいう小説で、今話題の菅野美穂もでていたので、とりあえずビデオにとって観た。
内容はいわゆるテレビの2時間ドラマ的つくりであったが、ひとつだけ印象に残ったセリフがあった。それは主人公の『人は自分が誰かから必要とされなくなったら生きる目的をなくしてしまう』というセリフだ。このドラマの主人公は、1億5000万円引きだしたあと、定年退職をし、妻とも離婚して孤独であった。だから、引きだしたお金の使い道もないまますごしていた。そこに、自分の娘くらいの女性に出会い、その子のために再び生きる目的を見つける、といったストーリーだ。
もし会社からも、家族からも必要とされなくなったとしたら、多分、何のために生きているのか、考えてしまうだろうなと思った。
人は、人とのかかわりなしには、生きていけない生き物なのだ。(97.11.11)


■カウボーイ
最近、カウボーイがはやっているような気がする。
ウルフルズも、カウボーイファションで歌っているし、少年ボウイでも松ちゃんは、"カウボーイ"というキャラやってるし、キムタクもコントでカウボーイやってたような気がする。
"ガウチョ"は、もともと南米のアルゼンチンあたりで活動していたカウボーイのことだ。
帽子かぶったガウチョのキャラ は、1997.1.1にcomドメイン取得記念と同時に発表したものだ。
そのときはただ "ガウチョ"の意味どうりカウボーイにしたのだが、カウボーイ自体がその当時あまりカッコいいものではないという意識もあった。あるアート・ディレクターも『あのガウチョ、ぼくは好きだけど多分、はやらないだろうね............。』とかいってたし、自分もはやらそうとは思ってなかった。ただ、なんかキャラが必要なので、自然とあのキャラができたわけだ。 10ケ月ほどたって、一部でちょっとカウボーイがはやってきているのを見て、けっこううれしいものだ。
もし、世間と意識のシンクロニシティが起こっているとしたら、この時代に生きてるという実感がする。(97.11.12)

■メーリングリスト [1]
思い起こせば、1996年の1月に、インターネットをはじめて以来、わたしの今の生活を大きく変化させたものに"メーリングリスト"がある。 "メーリングリスト" (以下、MLという) は、送信した1通のメールが登録されているメンバー全員に配信されるという、情報交換とコミュニケーションの場を提供するシステムである。 最近は仕事などのプロジェクトごとにMLをつくる場合もふえており、わたしもかなりの数のMLに参加している。
最初に参加したのは、ネット上で知り合った
幸形さんから声がかかり、96年7月にホ−ムペ−ジを制作する人たちのML/ホ−ムペ−ジクリエイターズフォーラム(hpcf)に参加した。
最初は参加の仕方やどんなことを話題にすればいいのか、わからなかったので、ずっと読むだけ(ROMという)だったが、しだいに参加している人たちのことも、少しづつ理解できるようになり、ある時期から積極的に参加して発言するようになった。
ちょうど、そのころこのMLで を出版しようという話があり、どういうわけか自分も執筆することになった。まだ、会ったことのなかった 廣瀬さんから、メールをいただき原稿を書くことになった。このときはじめて、人と会うことなく仕事ができる世界があるのだ、ということを知った。その後も、大阪や東京に行って、MLを通じて知り合った方々と直接会う機会が何度かでき、急速に知人がふえていった。
今やっている仕事も、そうしたネット上で知り合った方々がきっかけになっている場合がほとんどである。"メーリングリスト"なくして、今の ガウチョ は存在しないといってもいいだろう。(97.11.13)

■メーリングリスト [2]
その後もいくつかのMLに参加するようになった。
Webアニメーションツール/FlashについてのML
flash-mlにも、わりと早い時期(97.1月/21通目)に、 あかねさんの紹介で参加した。連日、flasherの活発な情報交換が行なわれている。
キノトロープの 伊藤さんが中心になってスタートした WEB DESIGN-ML も雑誌媒体とかに紹介される前に偶然見つけ(97年4月)、さっそく参加して発言したら、まだ3通目であった。あとで聞いたら、つい最近始まったらしかった。 その後、急速にメンバーも増えていき、現在では Web Design Consortiumの情報交換の場として、かなりの参加者に発展している。
こうしたいろいろなMLに参加することにより、情報も得ることができたし、数多くの新しい知人もできた。メールでのコミュニケーションをバーチャルな関係だという人もいるが、わたしはバーチャルどころか、とてもリアルなコミュニケーションができると思う。
メールによる意志の疎通はなかなかむずかしい点もあるが、相手が見えないからこそ、より正確な情報伝達が必要となり、会話などの通常のコミュニケーションと比べて、深い部分での意識の伝達が行なわれることもある。メールは、ある意味ではとてもリアルなコミュニケーションメディアだといえる。(97.11.14)

■オフミ [1] Tottori
メーリングリストや、インターネットを通じて知り合った人と直接会うことを "オフライン・ミーティング (オフミ)"というらしい。
インターネットで知り合い、オフラインではじめて会ったのは、同じ鳥取県内に住むデザイナーの
幸形さんであった。幸形さんは、大阪のデザイン会社で仕事していたのだが、神戸の震災に遭われて、実家のある岸本町に帰ってこられ、自宅で通信回線を使って仕事をされてたのだが、たまたまホ−ムペ−ジの感想をメールをだしたら、近いから会いましょうということになった。偶然、幸形さんもガウチョのホ−ムペ−ジを知っていたので、ちょっと驚いた。まだ、ホ−ムペ−ジ公開してから、1ケ月くらいしかたってなかったのに知ってる人もいるもんだと思った。
去年の手帳を見ると、1996年5月14日、地元のお菓子会社の建てた"寿城"というところの喫茶コーナーで待ち合わせた。どちらも、初対面なので、目じるしとして、幸形さんはストラタのTシャツ、ぼくは金プチメガネをかけた、いけすかなそうなヤツということで会った。 ぼくは、甘いものが好きなので、"寿城"で抹茶とまんじゅうを注文して待っていたら、ストラタのTシャツを着た幸形さんが登場した。予想どうり、とってもカッコいい人だった。幸形さんは会うなりいきなり、まんじゅうを食べてるぼくを見て、『ガウチョさん、それってギャグですか?』といった。ぼくは、『いや、マジです。』と言いさらに、『やっぱり、抹茶にはまんじゅうですよ。』と言った。 それが、幸形さんとのはじめての出会いであった。
そのあと、自宅に行き、10時間くらい、いろいろ話をして帰った。 初対面なのに、よく話すことがあったなと思ってけど、インターネットという共通項がお互いの関係の潤滑油になっていたのであろう。
その後も、何度か会うようになり、今年になってからは、共同のプロジェクトとして、JAPROをスタートした。(97.11.15)

■オフミ [2] Osaka
96年の11月に、はじめて大阪オフに行った。 11/2には、snobuyを囲む会(?)に、11/3にはホ−ムペ−ジクリエイターズフォーラム(
hpcf)のオフミに参加した。
11/2は、歌手・俳優の桑名正博さんの経営する"M's Factory"というインターネットカフェに 幸形さん、 増田さんといっしょに行った。
このオフミ、今考えてみるとすごいメンバーでした。
今となっては、Flashでおなじみの、 笠居さんに、 あかねさん、 岐阜からは、 Dakinyさん、 東京からは、 兼松さんや、 オフミの鬼 MACルーハンさん、 大阪からは、 zackeさんなど、たくさんの方々(登場されてない方スイマセン)にお会いできました。
ほとんど初対面の人たちが、へんな名前で呼び合っている光景は、ほかの人から見たら何の集まりかわからないだろうなと思った。
そのあと、偶然、マスターの桑名正博さんがライプから帰ってきて、店に登場した。 おお、テレビといっしょだと感動した。
ちょうどそのころ、"Flash"の前身である、"Future Splash"がはやりかけていて、桑名氏が、『ちょっと、ファイルのFTPがうまくいけへんのだけど、だれかわかる?』と質問されてきたので、 笠居さんの出番となった。桑名氏のオフィスに、オフミに来ていたほとんど全員がおしかけ、笠居氏の "Future Splash"講座がはじまった。 結局、サーバのMIME設定の問題であることがわかり、無事問題は解決した。桑名氏自らWebを制作しているにも、驚いたが、"Future Splash"講座の光景は、さらに驚きであった。
その後、笠居氏は、"flash-ml"をはじめたり、共著で "みんなのFlash2"を出版されたり、名実ともに"Flashの第一人者"として、活躍中です。(97.11.16)

E-Mail : gaucho@hal.ne.jp